昔、マンガイア島に、ヒナという名の少女が住んでいました。彼女は切り立った崖の下に、誰にも知られていない泉があるのを知っており、毎日のように、その、暖かくていい香りのする泉へと遊びに行っていました。その泉にはたくさんのウナギも住んでおり、中にはとても巨大なものもいました。彼らはみな、暗くて静かなヒナの泉が好きだったのです。
ある日、ヒナがいつものように泉で水浴びをしていると、大きなウナギが近寄って来て、彼女の身体にまとわりついたのです。ウナギはヒナの体をこするように動き回りましたが、ヒナにとってもこれはとても気持ちよかったので、幸い誰も見ているわけでもなく、毎日、ウナギのしたいようにさせておきました。
あるとき、まだ太陽も昇りきっていない早朝から泉に行ったことがありました。すると、いつもの大ウナギがハンサムな若い男に変身したかと思うと、「僕の名前はツナという。ウナギの神なんだ。君がとてもきれいなので、僕はもうこの泉を去って、君と一緒に暮らしたいと思う。」と言ったのです。
というわけで2人はヒナの家に行き、恋人同士として仲むつまじく暮らしました。もちろん、ツナは時々ウナギの姿に戻っていたりしたので、2人のことは誰にも秘密でした。
やがて時が経ち、パンの木の季節になったころ、ツナは突然、ヒナのもとを去らなくてはいけなくなったことを伝えます。ヒナはもう涙目になっています。
「泣いちゃだめだ。それよりも僕の話をよく聞いて。実は今夜からこの地に大雨が降ることになっているんだ。それも半端な雨じゃない。洪水が起こってこの島全体が海に沈むんだ。洪水ってわかるか?タロの水田も、君の両親の家も、水に流されてしまうんだ。」
ヒナは驚き、目を丸くして彼の話に聞き入ります。
「でも、ヒナ、君は心配いらない。僕が君を助けに行く。僕はもともと水の生き物だからね。だから、僕が行くまで、決して逃げずに頑張って待つんだ。そうして僕が君の家の入り口に到着したら、僕はそこで首をつき出すから、君はおじいさんの斧で僕の首を切り落とすんだ。で、そのあと、君は水をかき分けて山を登り、水の来ないところにたどり着いたら、そこに僕の首を埋めるんだ。そして毎日、その場所に行って、埋めたあとがどうなっているか確かめること。いい?わかった?」
ツナはそう言うがいなや、姿を消してしまいました。
・・その夜、ツナの言うとおり、大雨が降り始めました。水かさは見る見るうちに増していき、朝になる頃にはあたり一面水没し、ヒナの喉のあたりまで水かさが増していました。ヒナはそれでも、ツナの言いつけ通り、彼が来るのをじっと待っていました。、と、そのとき、戸口に大きなウナギがやってきました。ヒナは夢中で斧をつかむとその首を切り落とし、首を抱いたまま山の上へと向かい、そこで丁寧に首を埋めたのです。
埋めた瞬間から雨はやみ、水は少しずつひいていきました。ヒナは毎日、彼女の恋人の墓のもとに通いました。しばらくすると、そこから1本の緑の芽が出てきましたが、それはヒナがこれまで見たこともない形をしていました。翌日には、もう1本の芽が顔を出し、それらは互いに競争するようにゆっくりと育っていき、まるで若い男の背骨のように、まっすぐにどこまでも伸びていきました。
実はこのとき、ヒナも身籠もっていたのです。そして生まれた子供はツナの木と同じようにまっすぐに育ち、やがては木を登って、その実を採ってくることができるようになりました。
そう、これがココナツの始まりです。1本の赤みを帯びたほうは「タンガロアの聖なる実」と呼ばれ、甘くておいしいジュースを飲むことができました。もう1本の緑色のほうは「ロンゴの聖なる果実」と呼ばれ、とてもクリーミイな白い果肉が取れました。
人々はこれらの木や枝や実から家を造り、屋根を葺き、またお腹を満たし、肌を輝かせるオイルを取ることもできたのです。ココナツの殻は食器にもなりましたし、また、かたい材質はアウトリガーカヌーの櫂としても適していました。
これらは全てウナギの神からヒナへの贈り物でした。だからこそ、ココナツの白い果肉は「テ・ロロ・オテ・ツナ」すなわちツナの脳みそと呼ばれるのです。あなたがココナツの実を手にしたときに、よく見てみましょう。そこにはツナの顔が、すなわちヒナを求めて何か言いたそうな口と、ちょっと悲しげな眼が見えてくるはずです。