タヒチでは、タンガロア(ハワイで言うところのカナロア)は全ての神々の先祖でした。世界に空も海も太陽も何も無く、ただ闇だけが拡がっていたころ、タンガロアと彼が住む大きな貝殻だけがこの世界の全てでした。
タンガロアは無限の時間を経て目覚め、殻を破って外に出ました。まず顔を上に向け、「誰かいないか?」と尋ねましたが、当然、何も応えません。次に下を向き、前を向き、後ろを向いて尋ねましたが、やはり何も応えません。
タンガロアはしばらく考え込んでいましたが、やがて腹が立ってきました。「岩よ!」と呼びかけます。「こちらに来い!」。しかしそもそも岩などあるわけもなく、何も起こりません。「砂よ!」「風よ!」と呼びかけますが、やはり何も起こりません。
タンガロアはいよいよ怒り、とうとう自分の住んでいた貝殻をゆっくりと高く高く持ち上げました。それは大きな天の半球となり、空(そら)になりました。タンガロアはそれをルミアと名付けました。
その後、タンガロアは一休みしていましたが、しばらくすると落ち着かなくなり、何より1人でいるのに飽きてきました。そして貝殻の残りの半分を砕くと、おびただしい数の岩と砂ができました。しかし、まだまだ静寂が続いています。タンガロアは自分の命令を聞く者がどこにもいないことに腹が立ってなりません。
仕方なく、タンガロアは自分自身の中に入っていき、背骨を引き出して、岩々の上に置いたところ、それは壮大な山脈となりました。彼のあばら骨はまだ背骨についたままでしたが、それは渓谷や断崖になりました。次に彼は内臓を引っぱり出し、天に投げました。それは白い雲となり、タンガロアの中にあったときと同様に、ときに水を蓄え、雨を降らせたのです。
そして今度は筋肉を取り出し、それを使って大地を肥沃なものへと変え、動物や植物が育つようにしました。彼の脚や腕は大地を強固なものにし、海の中に滑っていかないようにしました。手足の指の爪からは鱗や甲羅を持つ、海の生き物ができました。
タンガロアはまた鳥の羽のようなものをまとっていました。その羽をむしるとブレッドフルーツとパンダナスになりました。このようにして、彼は、緑色の、根っこから水を吸う全ての植物を創り出したのです。彼の長い腸からは、エビやロブスターができました。
タンガロアはあまりに激しく働いたので、彼の血は熱くたぎりました。しかし彼の身体はほとんど空洞のようになっていたので、血はそのまま流れ出てしまい、ある部分は天に昇って朝焼けと夕焼けになり、ある部分は雲に隠れて虹になりました。こんにち、赤い色に見えるものは全てこのときにタンガロアの血から創られたのです。
タンガロアの頭はまだ胴体の殻と共に残っていました。彼の身体は神聖なものなので、そのままでも生きていけたのです。とにかくこのときから世界に豊饒と肥沃さがもたらされました。
次に、タンガロアは天に住む神と地に住む神とを呼び寄せました。そして全ての準備が整った後、最後に人間を創造したのです。
このように、世界の始まりは貝殻でした。この貝殻から天空ができました。この貝殻は無限の広がりを持って、カーブを描いています。その中に神々は太陽や月や惑星や恒星を創ったのです。こうも考えられます。大地は貝殻であって、その上を川が流れ、植物は貝殻に根を通して生えます。男の貝殻は女です。なぜならば男は女から生まれるからです。女の貝殻はやはり女です。貝殻の中、暗い闇の中にこそ命があり、変転を繰り返しながら生まれ出る時を待っているのです。