ポリネシアの神話と伝説~香り立つ少女タヒア

昔、ヒヴァ・オアの島で、女の赤ん坊が生まれました。その子のからだは、ヒヴァ・オア中の花の良い香りが漂ってくる、という不思議なからだでした。母親は子供をタヒア(良い香りの少女、という意味)と名付けました。タヒアの髪はプルメリアの香り、足は朝の花の香り、吐く息ですらなんとも言えぬ甘い香りがしたのです。

タヒアはまた美しく成長し、ヒヴァ・オア中の男達の間で評判になっていました。タヒアの父親はツアプといい、彼はタヒアが生まれる前に離婚し、島のはずれの峡谷に1人で住んでいました。彼の元にも、タヒアの評判が届きますが、まさかタヒアが自分の娘だとも知らず、彼女を何とか自分のものにできないかと考えます。

そこで、ある日とうとうツアプはタヒアの家を訪ねていきました。その頃、作物は不作気味で、タヒアの家族は皆、山に食べ物を探しに行って留守にしていました。留守中に上がり込んだツアプは言葉巧みにタヒアを誘い、関係を結んでしまったのです。

数日後、戻ってきた来た母親はこのことを知り、たいへん腹を立て、「腐ったココナツの匂いがするわ!」と言い放ちます。タヒアのほうは恥ずかしそうにうなだれていましたが、彼女も腹が立っていました。男が自分の父親だなどとは全く知らなかったわけですから。

タヒアは1人で水浴し、身体を清めて、髪に花を挿しました。そして、誰にも告げず、ツアプのもとをたずねて行くことにしたのです。ツアプの元にたどりつき、彼女は大声で叫びます。「出ておいで、この悪人!自分の娘に手を掛けるなんて、一体どういう了見なの!」タヒアはたいそう怒っていたので、ツアプをつかまえると、引きずるように自分の家まで連れていきました。

再び家族揃っての生活が始まりましたが、タヒアの気持ちは晴れません。1日中家に閉じこもりきりで、何も食べず、やがて彼女の肌は白いココナツのようになってしまいました。叔父達は大変心配し、彼女に花婿を見つけてやろうと骨を折りましたが、なかなかタヒアの目にかないません。

そんなある日、タヒアは酋長のツ・トナがヌクヒヴァ島に出かけていく、という話を耳にします。タヒアは叔父達に「是非、ヌクヒヴァで私の夫を選んで来て。」と頼みました。彼女はガーデニアやハイビスカス、パンダナスなど、香りの良い花やその種を集めてココナツの殻に詰め、また、何も詰めないココナツも1つ叔父達に差し出します。「私は悲しみのあまり、ココナツのように白くなってしまったけれど、叔父さん達が同じように美しい白肌の男を連れてきてくれたら、私は喜んで結婚して、幸せになるでしょう。」と。

タヒアの叔父達は満月の夜に出航しました。ヌクヒヴァの人々は彼らを歓迎し、祝宴を開いてくれました。その席上、叔父達はびっくりするほど白い肌の男がいるのに気がつきます。まるで白砂にミルクを撒いたような白さです。「おい、ヒヴァオアから持ってきたあのココナツを持って来い」と酋長は指示し、白い男の前にそれを差し出しました。

「実は私たちの妹も、この果肉のように白い肌をしているのです。」
「ほう、それは是非一度会ってみたいものです。」と、交渉成立です。

また別の兄は、香りの缶詰のようなココナツの殻を開きました。このとき以来、ヌクヒヴァでも、ヒヴァオアと同じように香りの良い花が育つようになったということです。

翌日の夜はヌクヒヴァでの大ダンス大会です。叔父達も白肌の男もみな身体にオイルを塗り、足を踏みならして踊りました。そして夜明け前、彼らは白肌の男をほとんど拉致するようにしてカヌーに押し込め、急いでヒヴァオアに向けて出航したのです。

ヒヴァオアに着くやいなや、叔父達はタヒアを呼びます。タヒアはしずしずとココナツの果肉を男の前にかざし、男の胸にしなだりかかりました。彼女に花婿が見つかったのです!

2人はしばらく幸せに暮らしていましたが、男の方は、島に残してきた両親のことが気にかかり始めます。そこで、「タヒア、僕はちょっと両親のところに行って来たい。なに、すぐ戻るさ。本当に急いで行って来る。」その日は新月でしたが、タヒアは「じゃあ、月がもう一度新月になるまでの間に戻ってきて。もし1日でも遅れたらきっと恐ろしいことが起きてしまうから。」と言って彼を送り出しました。

タヒアはじっと彼の帰りを待っていましたが、28日たっても彼は戻って来ません!彼女は泣き始めました。月が再び満ちはじめ、もう彼の帰りが絶望的だと思えたとき、タヒアはココナツの果肉とミルクで身体を輝くように塗り込めたあと、首をつって死んでしまいました。タヒアの家族の嘆きの声はヒヴァオア中にこだましました。

・・3日の後、タヒアは亡霊となってヌクヒヴァにいる夫のもとを訪れました。男は夢の中でタヒアに出会いましたが、目覚めてもそこにタヒアがいるのに気づき、泣きながら許しを乞います。もとより男はタヒアのことを深く愛していたので、彼女が死んだということがまた悲しくてしようがありません。

タヒアは少し同情的になってきました。「わかったわ。それじゃあ、家族の人達に言って、野いちごとジンジャーを集めてちょうだい。それに、ココナツの実も合わせて部屋中を埋め尽くすの。窓にはタパの葉でカーテンをすること。そして3日経ったらカーテンを取り去ってみて。」

男は言いつけ通りに実行し、3日の後、家族と共にカーテンを取り去ります。すると、どうでしょう、香り高いタヒアがそこに立っているではありませんか!タヒアを初めて見た家族達も、彼女の美しさに呆然としています。

タヒア夫婦はヌクヒヴァに家を建て、幸せに暮らしました。そこでも彼女の回りにはいつも、ガーデニアやプルメリア、パッションフルーツの良い香りがただよい続けた、ということです。

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