ポリネシアの神話と伝説~亀と鮫の物語

昔、サモアのウポル島にマリエトア、という名の凶暴な王がいました。王は特に人肉を好むことで有名で、 王が目を付けた人間はことごとく犠牲になっていました。
またそのころ、ウポル島から遠く離れたサバイイ島に、フォヌエアという美しい女性が、夫と仲むつまじく暮らしていました。

夫は漁で捕ってきた獲物のうち、最も大きくて美しい魚は必ず村長に献上し、フォヌエアのほうは、 マットを編む名人でありながら少しも驕ることなく、村の女達と仲良くしていたので、彼ら夫婦は 村人達の間でもたいそう人気がありました。夫婦自身は質素な暮らしでしたが、2人はとても幸せでした。

そんなある日のこと、幸せな2人の噂がマリエトア王の耳に届きます。王は、「そんな幸せな人間の肉は さぞかし旨いに違いない」と考え、早速、夫のほうを呼び寄せるべく使者を出しました。使者は不眠不休で 2人の住むファレ(サモア風の家)に急ぎ、王の要求を伝えます。

フォヌエアはがっくりと膝をつき、夫に「あなた、逃げましょう。逃げて、誰も知らない島で一緒に暮らしましょう」 と懇願します。しかし夫は悲しそうに「いや、だめだ。もしここで俺達が逃げ出したら怒った王は村人達を、 子どもも含めて皆殺しにしてしまうに違いない。王の命令には背くわけにはいかないんだ。お前は、俺の分まで 幸せに生きてほしい」と言います。「じゃあ、せめて、ウポル島まで一緒に行かせて。1日でも長く最後まであなたと 一緒にいたい」とフォヌエアは彼の足にすがりついて頼み、2人は一緒に出発することにしました。

2人は小さなアウトリガー・カヌーで出発します。後ろを使者が見張るようについて来ます。ところがカヌーが ウポルの王宮近くにさしかかったとき、突然、大波と共に激しい嵐が起こったのです。台風でした。2人のカヌーは あっという間に沖合に流されていき、海上をさまよい続けました。

やがて天気は回復し、2人は、一緒にいられる日が少しでも長くなったことをとても喜びました。フォヌエアは パンダナスの葉を編んで雨水を貯えられるように工夫し、夫は海に潜って魚を捕りました。フォヌエアの穏やかさと 献身さはまるで海亀のようで、夫の魚を捕る技術はまるで鮫のようでした。

そしてとうとうある日、2人のカヌーはツツイラ島に流れ着きました。この島の王、レツリは大変親切な王で、 2人を厚くもてなします。ここツツイラでも、かつては食人の性癖を持つ王がいたときもありましたが、今では全く そういうことはなく、島の人々も2人のことを獲物としてではなく、友人として歓迎してくれました。

2人は涙を流して喜びます。彼らは島のバイトンギという村で何年もの間幸せに暮らしました。2人とも、いつも、 なんとかしてこの島の人達に恩返しをしたいと考えていました。そんなある日、2人で崖の上から海を眺めていたとき、 2人とも、あるアイデアを思いつきました。2人は特に話はしませんでしたが、見つめ合い、そして深くうなずきあったのでした。

2人は王宮のファレに急ぎ、王に謁見を願い出ると、すぐに自分たちと一緒にバイトンギの崖まで来てくれるように 頼みます。王の親切を讃えた素晴らしい贈り物をしたいので、と。

レツリ王は彼らが何を言ってるのかわかりませんでした。これはもしかしたら彼らが故郷のサバイイに帰りたがって いるのでは?と考えた王は、「そうか、お前達も、あのマリエトア王が食人を禁じたという噂を聞いたのだな。 たしか、王の息子が自ら犠牲となって王の食卓に並び、そこでやっと王も目が覚めた、ということらしい。そうか、 なるほど。お前達のこの地での行いは、それだけで十分すぎるくらいわしたちへの贈り物となっておる。贈り物など気にするな。 島で一番のカヌーを用意してやるから安心して国に帰るがよい。」と伝えます。

「ありがとうございます、王様。でも、違うのです。とにかく私たちと一緒に来て、後世に語り継がれる贈り物を 受け取ってもらえないでしょうか」

というわけで王は2人と一緒に出かけました。道々、村の人々や子ども達までも一行に加わって、大行進、大騒ぎに なっていきます。やがて一行は崖の上にたどり着き、一同、しん、と静まりました。 風のそよぎや波の音までが止まったような静けさです。

そして、フォヌエアと夫は2人しっかり手を握ったかと思うと、ひらり、と崖から身を投げたのです。人々は驚いて 崖の下をのぞき込みます。人々がまず驚いたのは、いつもは暗い崖の下が、まるでそこから太陽の光りがさしているように 明るかったことです。やがて、フォヌエアの長い黒髪が渦巻きながら円盤のようにまとまっていき、なんとそれは 大きな亀の甲羅になってしまいました。人々は声もありません。

 と、そのとき、1人の子どもが、沖合から素早く泳いで来る影に気がつきました。「見て!鮫だ!鮫が泳いでくる!」

フォヌエアの亀は顔を上げると優しく鮫を迎え入れ、崖の上から見守る人達にちょっと恥じらいつつ、鮫と一緒にゆっくりと海 に潜っていったのでした。

このとき以来、沖から寄せる波と共に、次のような歌が聞こえるようになったということです。
「子ども達よ、歌いなさい。いつでも私たちは戻って来る。この奇跡の思い出がツツイラの人々の優しさを讃えるもので あることを決して忘れないで。さあ、歌いなさい。」

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