パラウ諸島に、テルケレルという英雄の伝説があります。マーシャルのエタオとか、ハワイ(ポリネシア)のマウイとは違って、こちらはいたってまじめな英雄のようです。また、この物語はパラウの伝統的な踊りやチャントで広く、長く語り継がれているものです。
【テルケレルの誕生】
かつて、ンジブタル(NGIBTAL)という小さな島が、パラウ本島のバベルダオブ島の少し沖にありました。ここにミラッドという、貧しいけれども大変聡明な女性が住んでいました。ある日のこと、彼女がタロ芋の収穫に出かけたときのことです。パンダナスの木に何かがひっかかっているのが見えました。よく見るとそれは大きな卵で、手にとって見ると、何だか動いているようです。「これは食べるものではないわね、太陽の卵かも。」と彼女は判断し、大切に家に持ち帰ると、かごの中にそっと入れておきました。
3日の後、卵から、彼女の指ほどもない小さな子供が産まれてきました。ミラッドは子供に太陽の子、テルケレルという名前を付け、大切に育てました。テルケレルの成長は驚くほど速く、1年もすると普通の体格の聡明な少年に育ちました。
そんなある日、テルケレルはミラッドに、「どうしてうちではタロ芋しか食べないの?それにいつもお腹が減るのはなぜ?」と訊ねます。
「うちは貧乏だし、漁に出てくれる男の人もいないしね。まだお前に漁に出てもらうわけにもいかないし。」と、ミラッド。
「なんだ、そんなことだったら僕に任せてよお母さん」と、テルケレルは言うが速いか海に飛び込み、深く深く潜り、珊瑚の下へ、そして島の下へと潜り込み、ちょっとした細工をしました。
ミラッドの家の庭には大きなパンの木があったのですが、テルケレルは、ミラッドにこの木を切り倒すように言います。ミラッドは怪訝に思いながらも言われたとおりに木を切ります。すると、どうでしょう、木の切り株には何と海につながる大きな空洞が空いており(これがテルケレルの細工だったわけです)波が来るたびに、切り株からいろんな魚が飛び出してくるではありませんか!
おかげでミラッドの家では食べ物に不自由することはなくなり、優しいミラッドは島の他の人達にも魚を分けてあげたので、みんなが豊かに暮らすことができました。
ところが、島の人達は、最初は感謝していたものの、やがてミラッドに対する羨望がうまれてきました。人々は、それぞれが自分の家の庭の木を切り倒しはじめたのです。
全ての木から海の水が吹き出た結果、島は大洪水になってしまい、助かったのは、素早く竹でいかだを組み上げたテルケレルとミラッドの親子だけでした。今でもバベルダオプ島の沖合には、水没したンジブタル島が水底に見えるそうです。
【テルケレルと石の神テムドクル】
パラウには、男性だけが集える集会所「バイ」という施設があります。立派な若者に育ったテルケレルはすでに人々のリーダーとなっていましたが、ある日のバイの集会で、テルケレルの結婚相手が話題に上ります。「村の女達の中では誰がお気に入りですか?」などとみんなが尋ねるわけです。テルケレルは「僕は天上で花嫁を見つけてくるんだよ」と言います。
「え!普通、天上に行くには先ず死んでからですよ」「いや、君たちも一緒に来たければ、単に僕の足跡のとおりについてくればいいんだ。」
というわけで、男達はテルケレルを先頭に、皆連れだって天上に出かけていきました。いよいよ天上のメインロードに差し掛かるとき、そこにはテムドクル、という大層立派な石の番人が立っていました。彼は決して眠らない大きな眼を持ち、怪しい者が通りかかると大きな口から大音響で天上の人々にそれを知らせるのです。「素晴らしい!」とテルケレル。「是非彼のような番人が欲しいものだ」
やがて彼らは天界の神ウチェルの宮殿に到達し、快く拝謁が許されます。そこにはチェリッドと呼ばれる精霊達と共に、とても美しい娘も座っており、彼女がまた愛想良くみんなに微笑みかけてくれます。テルケレルは正直に、天上界の娘に結婚を申し込みに来たことを告げます。しかしウチェルが彼の顔をしげしげと眺めて言うには「お前さんは普通の人間では無いな。半分は神だ。要するにここにいる娘の兄弟だということだ。というわけで、結婚を許すわけにはいかんわなあ。残念だが。」
テルケレル一行はやむなく地上へと引き返すことにします。しかし、くだんのテムドクルにとても未練があったテルケレルは宮殿に生えていた大きなパンダナスの葉でテムドクルをくるむと、それを抱えて大急ぎで地上に戻り、彼らの村、ンガレゲブクル(NGAREGEBUKL)のバイの前に安置しておいたのです。
【テルケレルとテムドクルの「眼」】
天上界では番人のテムドクルが盗まれてしまったために誰でも直接ウチェルの宮殿に入り込んでくるので、ウチェルは大弱りです。急いで部下のチェリッド(精霊)達を集め、7人の精鋭を選んで、「無事にテムドクル奪回するまで決して帰ってこないように」と厳しく言い渡します。
チェリッド達は、奪回の準備としてココナツを焼きます。なぜそんなことをするかというと、精霊は皆、焼いたココナツが大好きで、うまく焼いておけば、目的地に近づいたとき、緑色のトカゲの精霊が出てきて道案内をしてくれるからです。
準備の整った彼らは地上へと向かい、パラウ中を探し回りました。やがて、ンガレケブクルの村に差しかかったとき、ココナツの実が割れて中から緑のトカゲが飛び出し、森の中へと入っていきます。チェリッド達は急いで後を追い、まず到着したのがテルケレルの母、ミラッドの家です。ミラッドはチェリッド達が、ココナツの実にはさんだ焼き魚が大好きであることを
知っており、彼らにそれを出して歓待しました。
大変満足したチェリッド達はとうとう、テルケレル達のいるバイの前に到着し、そこにテムドクルが安置されているのを発見します。ところが、なんということ、テムドクルの眼が無くなっているではありませんか。これではもう番人とするわけにはいきません。しかも、その「犯人」はミラッドだということです。実はテムドクルが天上に持って行かれないように、ミラッドが気を利かせて眼を取り去っておいたのです。
チェリッド達は、ミラッドの家に戻りましたが、ついさっきあれほど歓待してくれたので怒るわけにもいかず、彼女にこう告げます。「テムドクルの眼を盗まれた我が王ウチェルは大層お怒りだ。次の新月までに、地上に大洪水をもたらすだろう、とりあえずお前だけに予告しておく。」と言って去っていきました。
予告通り、新月を待たず、大雨が降り始め、島は大洪水となります。ミラッドはテルケレルと協力して大きないかだを作っておいたためにとりあえずは無事でしたが、他の人々はみな溺れてしまいました。ところが、いかだを大きなパンの木にくくりつけておいたロープが短かすぎ、いかだは転覆、ミラッドもとうとう溺れ死んでしまったのです。
結局、テムドクルの眼は、テムドクルにも、天上にも戻らず、パラウの島のどこかに残りました。その後、この「テムドクルの眼」は小さく分けられて最近までパラウの通貨となり、大変高価なものとして珍重された、ということです。
またテムドクルの石像は1870年まで実際にンガレケブクルに存在しており、その年、ドイツの学者がこれを持ち帰って、今ではStuttgartのリンデン博物館に収蔵されているそうです。
【テルケレルと命の水】
ミラッドを失ったテルケレルは大変悲しみ、天上に出かけていって、7人のチェリッドに彼女が死んだことを告げると共に、何とか生き返らせることはできないかと相談します。
チェリッド達にとっても彼女の思い出は優しいものであり、何しろ地上で唯一の女性になってしまっているので、放って置くわけにはいきません。早速テルケレルと一緒に地上に降りると、樹上に引っかかっていた彼女を取り下ろし、丁寧に寝かせます。「これは命の水が無いとだめだな」とチェリッド達。
彼らはすぐに天上に戻ると、王ウチェルに頼み込んで命の水を分けてもらいます。それをタロの葉で大切にくるむと、もと来た道を引き返します。ところが、その道の途中にはハイビスカスの植え込みがあり、焦っていた彼らはその植え込みに足を取られてあろうことか、命の水をこぼしてしまったのです。そのせいで、今でもハイビスカスは、どんな小さなかけらからでも木が育つようになり、逆に人間は必ず死ぬ、という運命になってしまったのです。
チェリッド達は再び宮殿に戻り、王に命の水をねだりますが、ウチェルは怒っていて水をくれません。そのかわりに、と言ってウチェルがくれたのは魔法の石でした。「この石をミラッドの身体の中に入れておけば彼女は不老不死になるから」と。
と、その話を近くで聞いていたのが、へそ曲がりの精霊タリードでした。彼は、人間のような奴に不老不死の力が渡るのが面白くありません。そこで、家来のうみつばめに命じて、帰路についた7人のチェリッド達を攻撃させます。その攻撃はあまりにも執拗だったため、とうとう我を忘れたチェリッドの1人が命の石を、うみつばめ目がけて投げつけてしまったのです。・・・当然、命の石もうみつばめもいなくなってしまいました。
チェリッド達は途方に暮れます。しかし、「地上で唯一の女性のミラッドにはどうしても生き返ってもらい、新しい部族の先祖になってもらわなくては」との思いは強く、彼らは再び宮殿に戻りました。ウチェルは当然、怒り爆発です。「お前達のような大馬鹿者はもう二度とここに来るな」とけんもほろろで追い返されてしまいました。
なすすべなく地上に戻ったチェリッド達。道ばたにしゃがみこんで、どうしたらいいかを相談します。と、そのとき、チェリッド達の1人にデレップ(失われた魂)という精霊がいることに気づいた1人が、「そうだ、君はもともとカラダが無いのだから、君がミラッドの中に住んでしまえばいいんだ!」とアイデアを出します。
デレップは、最初はいやがりましたが、他に方策も無く、「わかった。僕がミラッドの中に入ることにする。でも、それは午前と午後だけだ。昼と夜は、僕だって自由の身でいたいからな。」・・というわけでどうなったか?人間は、夜は必ず眠り、昼は必ず昼寝をするようになった。ということです。
※出典:「Legends of Micronesia」
※画像出典:上から順に「Legends of Micronesia」
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