ポリネシアの神話と伝説~血と約束と入墨

・・・・マタオラの顔は膨れあがり、血まみれでした。その顔はあまりにも膨れていたのでつばを飲み込むことも困難でした。しかし、この喉の渇きと言ったら!マタオラは声にもならない声でニワレカの名を呼びました。この拷問のような苦しみを耐え抜いたら、きっと妻のニワレカ、黄泉の国の美しい女を探し出す勇気が持てるはずだ。妻がもし俺を見つけたら、彼女は俺のことを許してくれるだろうか?

マタオラは、黄泉の国の入れ墨師、ウエトンガの前で仰向けに横たわっていました。ウエトンガは淡々と彫り続けます。それはマタオラの額に達し、鮫の脂と炭が少しずつ彼の皮膚になじんでいきます。トカゲの姿が彼の顔に彫り込まれつつあったのです。この入れ墨「モコ」は、決して消えない入れ墨でした。

彼の頬とあごは既に入れ墨が終わり、今では、額と鼻に、奇妙に曲がったトカゲの尻尾が進行中でした。そう、人間界から来たマタオラはこの苦痛の儀式を耐え、夫としての勇気を示す必要があったのです。そして入れ墨で美しくなった彼の顔を見れば、きっとニワレカは許してくれるに違いない、この入れ墨の苦痛を通じて、彼女に与えた苦痛を分かち合わなくてはいけない、と考えたのです。

マタオラは手を、白くなるほどかたく握りしめ、腕は震えていました。喉の乾きは限界を超え、脳味噌が爆発しそうでした。水を!けれども彼の唇はとても水を飲めるような状態ではありませんでした。彼の腕も、ものを持てるような状態ではなく、助けを呼ぶこともできないほど衰弱していました。ニワレカを失ったことがこんなに辛いことだなんて!なんとしても彼女を探し出さなくては!

彼は思考が混濁しはじめました。俺はどうしてこんなところにいるんだろう?誇り高きマオリの酋長がどうしてこんな呪われた黄泉の国に?ここは、死者の魂と、美しいツヘルの精霊だけが住むところだ。そうだ、美しい妖精、金髪で、青白い肌と明るい瞳、優美で可愛い妖精。。ニワレカ!そうだ、俺はニワレカを探しに来たんだった。。。

彼はか細い声で悲しみの歌を歌い始めました。彼の長い旅、妻になると約束してくれた美しい女を探しに来た歌を。彼は2人の楽しかった思い出を楽しげに歌い、そして、悲しげに、彼の嫉妬を歌いました。嫉妬!どうして俺はあんなことをしたんだろう。愛しい妻を嫉妬のあまり殴ってしまうなんて。。

ニワレカ、俺は許しを乞うためにここにやって来た。
 お前の涙の跡を追って、この闇の世界にたどり着いたんだ。
 ニワレカ!もし聞こえるなら立ち止まって聴いてくれ。
 俺の悲しみの歌を聴いてくれ。
 もう2度とお前を傷つけたりしない。
 ニワレカ!ニワレカ!入れ墨の苦痛が教えてくれた。
 俺を強くしてくれた。ニワレカ!許しておくれ・・・


入れ墨師ウエトンガの娘たちがこの歌を聴いていました。しかも、この戦士は自分たちの姉の名前を何度も何度も呼んでいる!姉さんに伝えなくちゃ!そういえばニワレカ姉さんは帰ってきてからずっと泣いていた。愛する人のために泣いていたらしい。でもどうして?どうしてあの戦士は、姉さんを大切にする、と約束しながら姉さんを傷つけたりできたんだろう?不思議に思いながらも姉を呼びに行きました。

ニワレカは泣くのをやめ、彼女の名前を歌う男がいるという、入れ墨小屋へと歩きました。「あの男がマタであるはずがないわ。人間の男が、例え勇猛なマオリの戦士だってこの精霊の世界、ラロヘンガに入って来れるわけがないもの。」

しかし彼女は、死んだように横たわり、瞼も開けられないくらい顔が変形した男が、涙を流しながら、か細く歌っているのをじっと見つめました。彼女は優しく、本当に優しく彼の涙をぬぐってやりました。と同時に今度は自分の涙があふれ出るのを止めることができませんでした。
「マタ!私よ!マタ!」
「ニワレカ・・・許してくれ・・」彼はつぶやきました。

彼女は水を1滴ずつ、彼の口に含ませました。また、タロ芋とパンの実をすりつぶし、じょうごを使って、彼の口に少しずつ流し込みました。来る日も来る日も彼女は、入れ墨の痛みを和らげる歌を歌い続けたのです。

入れ墨は完成しており、トカゲの尻尾が彼の頬で渦巻き、トカゲの両足は彼の瞼にかかっていました。やがて血も止まり、顔の腫れもひいていき、マタは回復しました。

しかしながらニワの悲しみはまだ治まったわけではありません。夫はこの入れ墨で、本当に痛みのことをわかってくれたのだろうか、と。そこで彼女は夫に向かい、
「あなたの国の人々のやりかたはよくわからないことだらけ。
「どうして、互いに傷つけ合ったりできるのかしら。
「私には想像もできない。この国では、決して男が女を殴ったりしないもの。」
と問いかけました。ウエトンガも加勢します。
「お前の苦痛はよくわかっているつもりだ。娘を連れて帰りたいという気持ちもわかる。だが、娘は置いていけ。わしたちの黄泉の国はとても優しい国だ。家族の中で殴り合うなんて考えられない。置いていけ」と。

マタは、やや恥ずかしそうに、しかし毅然と、
「彼女を行かせて下さい。俺は学びました。怒りの気持ちを抑える方法を。もう2度と彼女のことを殴ったりしません。」

ウエトンガは戦士の顔をじっと見つめました。
「この入れ墨は決して消えることがない。お前の今の言葉は、お前の顔のトカゲと同じくらい消えない、と思っていていいのか?」
「お約束します。俺は、よくわかった。」
ウエトンガは一度娘の方を見、もう一度戦士に言います。
「わしたちの入れ墨は決して消えない。この入れ墨を、栄誉として受け止めるがよい。そして、その栄誉にかけて、約束を守るのだぞ」

ニワレカはマタオラと共に、地上の光の国、テ・アオツロアに向かいました。別れるにあたって、ウエトンガは贈り物をマタに与えました。「ランギハウパパ」という魔法のマントです。そして、「黄泉の国を出るとき、門番にこのマントを持って出ることをきちんと申告するのだぞ。決して隠してはならない」と忠告を与えました。・・しかし、マタオラは早く黄泉の国を出たいがあまり、この忠告のことをすっかり忘れてしまったのです。

門番は、彼らが黙ってマントを持ち出そうとしているのに気がつき、戦士に呪いをかけます。「今日、この日から、お前達人間は、死なない限り、黄泉の国へ入ることを禁止する。さあ、行ってしまえ!ふくろうと、コウモリとキウイを案内につけてやろう。しかしこいつらはお前の国では、暗いところに隠れるだろう。夜の黒いマントだけがこいつらの安全を保証するのだからな」

とにかく、3匹の動物たちのおかげで、2人は光の国に帰り着くことができました。しかし、マタが忠告を忘れたせいで、人間は、死なない限り黄泉の国に行けなくなってしまったのです。ただ、これもまたマタのおかげで、人間界に、入れ墨のという芸術的風習が伝わったのでした。

戦士よ、顔が血にまみれ、唇が腫れ上がるとき、入れ墨のことを、
マタの約束を思い出せ!互いに決して傷つけないということを!


画像出典:http://sorrel.humboldt.eduより Tattooed Warrior, 1804

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